愛する人と死別した人へ [グリーフ・ケア]
今日の薬局は、通常の月曜の混みようで、まぁまぁ。
緊急携帯は平和。
そんな訳で、本当は、もっと精神エネルギーがたまってから、とか。
ちょっと時間が出来てから、とか。
自分に言い訳というか、グズグズ二の足を踏んでいたのですが、でも、本当は。
ここのところ、ずっと、書きたくて書けないでいたことを、エントリーしようと思います。
2011年3月11日、午後2時46分。
この時刻は、多くの人にとって、一生忘れえない時刻になってしまったのでは、ないでしょうか。
いつもの平和な午後をいきなり鋭利な刃物で切り落とすかのように、唐突に訪れたその時刻。
その前と後では、同じ時が流れているとはとうてい思えないほど、全てが変わってしまったような。
そんな、どこにも憤りようがない厳しい現実を思うたび、私は、強い無力感に囚われてしまいます。
今回の震災において、私は直接は、被災していません。
しかし。
私にも、一生忘れられない時刻があります。
2007年8月2日、午後8時23分。
直前まで元気だった最愛の母が、心室細動で瞬間死し、搬送先の病院で、医師から死亡宣告を受けた時刻、です。
緊急携帯は平和。
そんな訳で、本当は、もっと精神エネルギーがたまってから、とか。
ちょっと時間が出来てから、とか。
自分に言い訳というか、グズグズ二の足を踏んでいたのですが、でも、本当は。
ここのところ、ずっと、書きたくて書けないでいたことを、エントリーしようと思います。
2011年3月11日、午後2時46分。
この時刻は、多くの人にとって、一生忘れえない時刻になってしまったのでは、ないでしょうか。
いつもの平和な午後をいきなり鋭利な刃物で切り落とすかのように、唐突に訪れたその時刻。
その前と後では、同じ時が流れているとはとうてい思えないほど、全てが変わってしまったような。
そんな、どこにも憤りようがない厳しい現実を思うたび、私は、強い無力感に囚われてしまいます。
今回の震災において、私は直接は、被災していません。
しかし。
私にも、一生忘れられない時刻があります。
2007年8月2日、午後8時23分。
直前まで元気だった最愛の母が、心室細動で瞬間死し、搬送先の病院で、医師から死亡宣告を受けた時刻、です。